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子育て
自然がもたらすもの....幼児教育における自然体験
世界がAIの導入、グローバル化へと邁進するなか
「幼児期の自然体験は今後さらに重要度を増す」とは
東京大学名誉教授であり白梅学園大学学長の汐見稔幸さん。
2017年11月、東京渋谷で開かれた『森のようちえん全国交流フォーラム』の基調講演から
その意味をお伝えしたいと思います。
AI人工知能時代の その先へ
教育の先駆者
【教育学者】
汐見稔幸(しおみ・としゆき)さん

育児学・保育学を「総合的な人間学」に、そして「教育学」を出産・育児を含んだ人間形成学へと、体系化を進めている。東京大学大学院教育学研究科教授を経て、現在、白梅学園大学教授・学長。
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『森のようちえん』がなぜ行われているか、自然が人間に何をもたらすのか、改めて考えてみること自体が、現代社会の特徴を象徴している感じがします。

汐見先生の講演『自然に触れることが人間にもたらすものは』は、そのような言葉からはじまりました。そして、「今日のテーマは方程式のように答えが出てくる話ではありません」という断りのもと…。

現代は「第5の情報革命」の時代と言われています。言葉を持ち(第1)、文字に起こし(第2)、印刷技術を得(第3)、「産業革命」により脳の何万倍もの情報処理を機械で行えるようになった(第4)人類が、「考えたり計算したりすることさえも機械にやらせようとしている」のが、まさに現代です。コンピューターが自分で考えられるようになり(AI=人工知能)、お互いの得意分野を学習し合うところまで、その技術は進歩をしてきています。

「人間がやるべき仕事が機械にとって代わられている」時代。車の自動運転が急速に実用化へ向かい、ドローンを使った無人宅配が試行され、お金は仮想通貨も含め「インターネット上を飛び回る数字」となり、IT技術が進んでいる中国では屋台でラーメンを食べる時でさえもスマホでクイック決済、アメリカではコンビニでカゴに入れた商品を自動会計するシステムが開発され、ボタンやリモコンひとつで生活ができる社会が実現したとき「本当に人間は幸せなのでしょうか」と汐見先生は問います。「そのような根源的なことを、考えなければならない社会になってきていると思う」と。

便利な生活の先に待つ未来 本当の幸せ…って、何だ?

汐見先生のお話のなかに、未来の社会に人の温もりを感じるようなエピソードがありました。それは、先生の友人とコンピューターグラフィック会社の社長との会話です。「コンピューターがすべての情報を処理する現代の次にどんな時代が来ると思うか?」という社長の問いに、答えられずにいた友人に、社長は「コンピューターの次の時代は決まっている。手づくりの時代だ!コンピューターがぜんぶやってくれて人間が何もしない時代を、人は喜ぶと思うか? 人間は、苦労してつくりあげる達成感が嬉しい動物なんだ。協力して喜びを共有するから生きているのが楽しいんだ。人と人との関係がなくなる社会が嬉しいと思うかよ」といったのだそうです。

機械が人間の行っている仕事を代わりにするようになれば、今後若い人が就職する場所は減少することが予想されます。フィンランドなどで進められている「ベーシックインカム(政府が所得した税金を、国民に平等に与える社会政策)」の研究も、そのような時代を見据えてのことだと、汐見先生は話されます。

(汐見)
人間が行ってきたことを全部コンピューターがやるようになると、人間は体を使わなくなります。体を使わなくなると手先も使わなくなる。センサーで空調管理されると、体で感じる寒さとか、そういう感覚もうばわれるかもしれなません

それは、「自然とコミュニケーションしながら機能を高めてきた動物」である人間が「機能を高めることをまったくしなくなる」人類の危機なのではないか。つまり人類は〝退化〟への道を進むことになりかねないという警告です。

さらに、機械化の普及につれ人間が直面しているもう一つの危機。それは汐見先生曰く「人とのやりとりも機械まかせで、対人関係の練習ができない社会」の出現です。

(汐見)
人間は頭で情報処理をして、行動を決めていきます。最近の人類学の研究では、人間だけでなく動物も同様に、〝相手との関係〟を処理するのがいちばん難しいのだそうです


汐見先生が話すこの研究とは、「類人猿ごとの大脳皮質の大きさを決めている要因」についてのもの。

「大脳皮質」とは、大脳の外側にある、計算などの複雑な処理や理性を司る部位です。研究では、この大脳皮質の体積と容量を比べたところ、それぞれの類人猿が生活している〝集団規模〟に比例していたという結果が出たのだとか。集団のなかで「自分が役割を果たすべき場面での振る舞い方」は、集団が大きくなればなるほど複雑になります。だから〝うまくやる〟ためには、いろいろなところが発達しなくてはならない。類人猿のなかで人類の「大脳皮質」が極端に大きいのは、それだけ大きな集団で生活してきたということなのです。

(汐見)
小さい時に兄弟や異年齢で遊ぶ、お母さんたちが一緒に子育てをする、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らす、そういう多様な人間関係のなかで生活をしながら、対人関係の処理方法を少しずつ覚えていったのが以前の学び方でした。
ところが今はそれが全部断ち切られ、群れで遊ぶ子はほとんど見かけません。小学校に入れば全部同学年の集団です。しかし、じつは同学年の集団というのは自然のなかにはないのです。
異年齢の集団では、憧れとか配慮をするとか〝教え合う関係〟が生まれます。しかし同学年の集団では〝ライバル的〟になって、人間関係を処理する力があまり発達しません

生活のなかで人間関係を処理する力を獲得できていないのに、社会に出るといきなり、グローバル化でさらに大きくなった集団で、難しい人間関係を処理させられる。そのために、今は「対人関係で悩む人がどんどん増えていているのが現代」だと、汐見先生は話されます。80年代以降に出現したDVやいじめなどの原因は、すべてこのような人間関係にあるのだと…。

そして、そのような時代にあって、今後「人を育てる」幼児教育では、逆に「体を使う」「対人関係を学ぶ」ことが、すごく大事になってくるといいます。

命のいちばん深いところが 突き動かされる「体験」が重要

「自然」と「人の体の機能」の関係

講演のなかで、〝自然が人体に及ぼす影響〟についての衝撃的な3つの事例がありました。

一つ目は、「運動で上昇した心拍数(150)が元に戻る時間」について。自然のなか(筑波山中)のほうが、都市(渋谷の交差点)より3分の1早いそうです。これには森林浴で注目を集めた、木から出る精油「フィトンチッド」が影響を与えているのではないかと推測されています。

二つ目は、「高層マンションの住人の生理現象に乱れが起きる原因」は、地表から離れて暮らすことによる「地球の磁力の変化」ではないかとの仮説が立てられているということ。

そして三つ目が、アメリカで行われた実験です。「すべてが真っ赤な部屋で暮らした人間が、異常行動を示し実験自体が中止となった」という報告でした。



自然のなかに極めて少ないのが「直線」です。そして「原色」は、ところどころに存在して、人は色のバランスが保たれていると感じます。

(汐見)
原色はすごく刺激が強い。〝刺激が強い〟ということは〝情報処理をするのに苦労する〟ということ。色の世界が自然に近いほど人間の生理は落ち着き、安定します。〝都会で興奮する〟のは、情報処理が難しいものがたくさん集まっているからなのです。現在の都市空間は、デザインや色である種の暴力空間をつくり出していて、人はそのなかで生活をしているのです



自然に圧倒されて感じる「何か」
一方、昔はいろいろな生物の存在を身近に感じながら生活し、そのなかで〝命の営みの世界〟に対して強烈な印象を受ける体験をしたものだと、汐見先生はいいます。そしてご自身の「紅葉の原体験」を語られました。そのうえで、示されたひとつのデータがあります。それは「14歳で鑑別所に入った子どもたちに共通の体験が欠けていた」というデータで、その体験は「小学生のころまでに満天の星空を見たことがない」というものでした。

(汐見)
星に見とれながら、感激していろいろなことを思い、考えることは、〝命を相対化できる枠組みを手に入れる〟ということです。何かに包まれている感覚。自分がここにいることの不思議さ。そのような、自分が生きていることをみつめる眼差しをもつことで、〝命を大切にしよう〟という気持ちが芽生えるのだと思うのです


雄大な自然のなかで一度しかない自分の命を、どのように生きれば「生まれてきてよかった」と思えるのか、「自分が本当にやりたいことは何なのか」を模索する体験は、〝マクロの世界〟です。これに対し、虫や植物の名前や生態を知る体験は、いわば〝ミクロの世界〟に入っていく作業。

(汐見)
自然界にも一定の制限があり、そのなかでそれぞれの生きものが共生していることを、体験から学ぶことは重要です。この〝知識〟と、命のいちばん深いところが突き動かされる〝体験〟、双方があって初めて、人は自分の内外にある〝自然〟を大事にする生き方ができるのではないでしょうか。
人間が現在行っている半分の仕事が機械に代るかもしれない将来に、地球や命を大切にしながら、人間らしく互いに支えあえる社会をつくるために何をすべきか。文明化によって人間が失いつつある自然性を、もう一度取り戻していくために何をすべきか。それを考えていくことが、今後の最大のテーマになるのではないかと思います


ネイチャーゲームの大切さをより認識し、幼児期のなかで自然体験が持つ意味を、深く考えさせられる講演でした。

〜分科会1 より〜

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〜分科会2,3 より〜

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