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特集:タジーの森を駆けまわる!(SNL 38号/2022年12月号)
「木こり」と聞いて、どんな仕事をイメージしますか? 
〝木こりのタジー〟として、森林の手入れ、薪の生産はもちろん小・中学生の森林体験や環境教育、市場で売れない木材の活用事業などを展開し、ネイチャーゲームリーダーとしても活動している田實健一さん。 
日々、新たな林業の確立に奮闘している田實さんにとって木こりとは?理想の森とは?どんな姿なのか伺いました。 
子どもたちの歓声が森にこだまする

合同会社 新城キッコリーズ代表

田實健一(たじつ けんいち)

愛知県指導林家、ネイチャーゲームリーダー、自然公園指導員、自然観察指導員。オートバイで全国を旅する途中、中越地震に遭遇。壮絶な自然災害を目の当たりにし災害に強い山を作りたいIターンをして17年前(2005)に林業の世界へ。生態系を崩さず、かつ事業として成立する森づくりをめざし7年前(2015)に起業。持続的な森林経営を目指す森林業を営む



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田實先生じゃなくて、木こりのタジーって呼んでね!



新城市内の小・中学生向けの森林環境授業で冒頭、そう自己紹介する新城キッコリーズ代表の田實さん。

授業ってなると、僕は〝先生〟になっちゃって、引率の先生も子どもたちに『田實先生の話をちゃんと聞きなさい!』となる。森のこと、林業のことを伝えるためにまじめな話もするけど、僕としては森に来て何か興味を持ってほしい、みんなが最後に『楽しかった!』って言ってくれる授業をしたいと思っています



授業にはネイチャーゲームや伐採体験、木の年輪をイメージできるバウムクーヘンづくりなども盛り込まれ、とても楽しそう。子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきそうです。

僕はネイチャーゲームを森のことを伝える一つの手段として活用しているんだけど、すごく効果的です。〝森ってどういうところ?〟が知識ではなくて、体感で子どもたちにスッと入っていく。それに、自分なりに考えるし、周りの人との考え方の違いもわかってくる。間違ってないんだ!そういう考え方もあるんだ!っていう気づきがあるんです。僕の経験不足で、できるネイチャーゲームが少ないのが残念なんですけどね(笑)



授業は雨が降った場合の予備日も設定して、必ず屋外。それは座学ではなく、森での体験を重視している田實さんのこだわりです。

授業で森の中を突然走ってみたりするんですよ。そうすると子どもは『なんだ?なんだ?』って走る。それが、楽しいんですよ。校庭よりも速く走れたような感じでね。引率の先生は、『走ったらダメ!』って言うんだけど、『いい、いい、走れ!走れ!』って。僕、先生じゃなくて、木こりなんで(笑)。

森で何かあったら、走れないほうが危ないでしょ。あらかじめ危険なものは全部取り除いておくけど、滑って転ぶくらいはよくあること。学校で教わらないこういう体験も、僕たちが教える必要があるのかなと思っています

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ネイチャーゲーム〈フィールドビンゴ〉で木や土の匂いや感触、 風や木もれ日などを五感で味わってほしい!

1本の木の伐採で残された森が変わる

あるときはデザイナーのタジー

キッコリーズのある愛知県新城市は約83%が森林で占められ、そのほとんどが人工林。現在は30年間放置されていた山に入り、間伐と伐り出された材の搬出、販路構築をしています。

丸太をつくるために、何も考えずに木を伐って、また苗を植える……。するとこの森はどうなるか?残った木が育ち、根が伸び、水を貯え、植物が生え、土が肥えたとしても、さまざまな生きものが暮らせる森、災害に強い森はつくれません



林業を成立させるために、木材生産は必要。でも同時に、森を守ることも必要だという田實さん。自らの業種を〝森林業〟と呼ぶ理由もそこにあります。伐採のために山に通す道幅は2m程度で、重機の幅は軽トラック1台分くらい。もっと広い道、大きい重機であればより多くの材を搬出できますが、木を伐りすぎないよう、傷めないようにと森の未来に配慮した結果です。選木や伐倒も、いかに森を守るかが基準の一つだそう。

どういう森に仕立てていくか、ゴールも正解もわかりづらい。このままの森でも、誰も痛くもかゆくもないけれど、100年続く森にするには?という視点なしでは、残った森の価値は下がってしまいます



環境への影響を最小限に抑えるため、柔軟にそして熟考して木を選び、伐っていく。そこには〝森のデザイナー〟としての田實さんの顔がありました。

枝虫材を、利益を生む木材に変換!

そしてまたあるときは木材商人のタジー

新城キッコリーズが伐採する木の90%はカミキリムシの幼虫が食べた跡が残る枝虫材。成虫が枯れた枝の根元に卵を産み、幼虫になって木の中を食害したもので、強度に問題はないものの、見栄えが悪いので市場では売れない材として扱われます。伐った木が売れなければ、木こりは生きていけません。田實さんは、この枝虫材の有効活用、ブランディングも事業して行っています。

起業当初、市場ではまったく買い取ってもらえなくて、どうしようと思っていたとき、地元の湯谷温泉で、冷泉を沸かすために薪のボイラーを導入することになったんです。本当に奇跡的なタイミングで話が進み、燃料として買い取ってもらえたんです



伐った木を薪にして使ってもらえれば、地元に貢献もでき、利益も出る。一つの道が開けのです。新城キッコリーズのロゴマークが燃えるヒノキ(火の木)をモチーフにしているのも、なるほど、こうした歴史があるからなんですね。さらに、薪にするために積んであった丸太を見た工務店が「燃やすのはもったいない」と買い取ってくれたのをきっかけに、市場でも売れはじめて、少しずつ利益が出てきているのだとか。

僕たちが伐った枝虫材を複合施設の屋上菜園のプランターやカフェの内装材にしてもらったり、この材でモデルハウスを建てたいという工務店さんも出てきました。枝虫材を負のものではなく、自然(生きもの)がつくった芸術・模様として、それが個性・味わいだと思って、あたりまえに使ってくれる人が増えるとうれしいですよね



雨で現場作業ができない日は、残った丸太をおしゃれなプレートに加工してイベントで売ったり、森林環境授業で子どもたちにプレゼントしたり。枝虫材の価値を上げながら、利益を生むアイデアを常に模索しています。



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森林環境授業では枝虫 材の存在を子どもたちに知ってもらうことも

感性と思考力を併せ持った 木こりを増やしたい

はたまたまたあるときは社長のタジー

新城キッコリーズは田實さんを代表として、柴田健司さん、小柳津(おやいず)孝之さん2人の木こりも働いています。田實さんの森に対する思いや理念に惹かれ、異業種から転職してきました。チェーンソーを持つ姿がすっかり様になっている2人ですが、森の未来を見据えてデザインしながら、選木・伐倒をするにはまだ経験が必要だと田實さんはいいます。

森づくりって正解があってないようなもので、教える側も教わる側も難しい。たとえば2本の木のどちらかを伐るとなると、人によって意見が分かれることがあります。『今、チェンソーを持って伐ろうとしているけど、本当にそれでいいの?もう一方を伐らなくていいの?何でこれを選ぶんだ?』ってひたすら考えろよって言っています



だからといって、田實さんの考えと同じであることが良いというわけではないとも続けます。

選木には森の未来のイメージが大切なので、どんな森にしたいかを共有するようにしていて、新城キッコリーズとしての考え方や方向性を理解した上で、全員が〝それいいね〟となることが理想です。なので、僕の考えを気にしすぎずに、森の未来をイメージした選木・伐倒ができるように〝自分なりの考えを持つこと〟、これが彼らの今の課題です



正解にとらわれず、お互いの考えをわかちあう感覚を身につけるにはネイチャーゲームが適していると田實さん。そして、その感覚を林業界にも広めようと市の森林課にかけ合い、ネイチャーゲームリーダー養成講座を市主催で行う企画も進めています。新城キッコリーズの2人にもリーダー資格を取得してもらいたいのだとか。木こりとしての感性と思考力、そして自ら行動する力。それらをどう磨いていって、仲間を育成するかも田實さんのこれからの仕事です。

より良い森の未来を願い、子どもたちに伝えたいこと

そしてなにより子どもたちに大人気 表現者のタジー


森そして林業の、今とこれからを多くの人に知ってもらいたいと、さまざまな形で発信している田實さん。とくに子どもたちへのメッセージや問いかけを大切にしています。

枝虫材を〝虫が食べた材〟とか、〝売れない材〟とはいわないほうがいいのかなと考えることもあります。『これ、ダメって言ってた木じゃん!』って子どもたちに思われるのは本心じゃないので、伝え方って本当に難しいと思っています



でも、知ってもらうことで、現在の森の問題を考えるきっかけになり、いつかの地域の山を『どう生かしていこうか』と考えられる大人になってほしいと願っています。

お金にするために木を全部伐ってもいい?イノシシやシカはどうなっていく?森に暮らす生きものに迷惑かけないで木を高く売るにはどうしたらいい?でもその木に虫が入ってて、生きてくためだけど、この虫を殺虫剤で全部殺していいの?共存しようと思ったら何をしていけばいいの?って、どんどん問いかけます。答えはすぐに返ってきませんよ。でも、子どもたちが大きくなったときに『田實さん、こうしたらきっといいですよ』って言ってくるのを心待ちにしているんです



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答えを教えるのではなく、 子どもたちに考えてもらう

理想は、だれもが訪れる ことのできる恵みの森


最後に田實さんが考える理想の森の姿を尋ねると……。

〝伐らない林業〟ってできないかなと。今より少ない本数しか伐ってないのに、売り上げは倍みたいな。木こりが生活するための利益を生みつつ自然を壊さない、バランスが取れた森。それが人間=木こりと森が共存できる世界だと思います



そして、もっと人が気軽に入っていける森が増えたらとも。

森は人間の都合で入りやすくした〝庭〟ではないんです。森は植物があって、虫がいて、動物がいて、多様性そのもの。ときには危険なこともありますが、安全のために排除するのではなく、危険があることを前提にして〝入りやすい森〟をつくっていきたいですね



だからこそ、木こりのような案内人が絶対に必要だと田實さん。子どもたちへの授業は、そんな森への初めの一歩なのかもしれません。

今度、市内の小学校の授業で、〈目かくしイモ虫〉をやるんです。場所はいつも子どもたちが遊んでいる学校の裏山。本当にこの森のこと知ってる?この木、どこにあるかわかる?て聞いたら、どういう反応が返ってくるか、今から楽しみなんですよ



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木は「倒す」のではなく「寝かす」... 愛ある木こりの言葉を伝える田實さん

森の未来を描くNature Game〈森の設計図〉

もし、自分の森があったら? いろいろな森の姿を思い出しなが ら、どんな森にしたいかを自由に 描くゲームです。森の中の生きもの、木、葉、実など自然界のつながりを考えながら自分だけの森をイメージしてみましょう。


情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.38 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:藤田航平・豊国光菜子、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
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