TOP

ライフスタイル
特集:センス・オブ・ワンダーな写真家 森本二太郎さんに会いたくて(SNL 45号/2025年7月号)
深く濃い緑を背に、やわらかく頭をもたげた薄桃色の花──。
『センス・オブ・ワンダー』を手にしたとき、
表紙の写真にしばらく目を留めた人も多いはずです。
ページを開くと、言葉の余韻をさらに深める数々の風景写真。
これらすべては、森本二太郎さんが撮影したもの。
シャッターを切る〝瞬間〟の空気さえも感じられる自然写真は、どのようにして捉えられたものなのか。
自然へのまなざしと、自然とともにある現在の暮らしを伺いました。
家族で作り上げた愛すべき庭、住まい

写真家

森本二太郎

東京都生まれ。国際基督教大学(ICU)卒業後、敬和学園高校で15年間教師を勤めたのち、フリーの写真家に。レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳/新潮社)など、書籍の表紙や挿画となる写真を多数撮影。2008年、家族で岡山県真庭郡新庄村(しんじょうそん)に移住し、写真活動を続けている。


IMG_6626.jpeg二太郎さんの仕事場を兼ねたアトリエは、元からあった小屋を改修。古い電信柱が使われた趣のある建物です。



ルピナスはまだこれからでね。ほら、ここにも葉があるでしょ?

これから鳥たちが巣づくりして、にぎやかになりますよ

桃や白い花を咲かせたクラブアップル、ジューンベリーといった果樹の緑。芝生の上にかわいらしい色を添えるスイセン、チューリップ、ムスカリ、デイジー、オドリコソウの花々。一見無造作なようで、それぞれが調和している庭。

森本二太郎さんと妻の佳代さんが、ゆっくりと案内してくれるその庭の名前は、〝ルピナス・ヴァレー〟。その名の通り5月の終わり頃になると色とりどりのルピナスが咲く住まいは、元は長年放置された荒れ地だったそうです。

バーバラ・クーニーの絵本『ルピナスさん 小さなおばあさんのお話』(ほるぷ出版)に描かれた世界を作りたいと願い続けていた佳代さんが、この場所ならその夢を叶えられると即決。

初めは、本当にここに!?って

と当時をふりかえり微笑む二太郎さん。佳代さんの直感と熱い想いに寄り添い、息子の潤太さんと3人で段々になっていた敷地をなだらかに均すことから始め、17年かけて木や花を少しずつ植えて丹精し、今の姿になったのです。

山小屋を思わせる母屋を設計したのは、なんと当時15歳の潤太さん。

だれかに言われるのではなく、ひとりで地元の木材業者と交渉して必要な材を調達し、加工や組み上げも二太郎さんとともにやり遂げたそうです。窓が多く、家のどこからでも外の自然を眺めることができる造りも、家族みんなの願いが込められてのこと。庭と住まいが完成するまでの歩みを話すおふたりに、家族の手で造り上げたからこその愛おしさが、にじみ出ていると感じます。

今につながる 写真家としてのまなざし

lupinas.JPG

5月の終わり頃、満開を迎えるルピナス・ガーデン 写真:森本二太郎



二太郎さんが写真の持つ力に魅かれたのは、大学時代。土門拳さんの『筑豊(ちくほう)のこどもたち』(築地書館)に衝撃を受け、独学で写真の勉強を始めたそう。〝人〟を撮る写真家を夢見つつも、瀬戸内海の伝道船・福音丸の活動を通じて関わった離島で荒れた学校を目にし、子どもたちに関わりたいと教師の道へ。

あと少し単位を取れば卒業だったのだけど、そこから教職の単位を年かけて取ってね。瀬戸内のどこかで教師を、と思っていたところに、縁のある宣教師夫妻が中心となって学校を設立すると聞いて、新潟の敬和学園高校に勤めることにしました


設立に関わった校長や副校長、生徒たちは大好きだった。けれど、思い描いていた理想とのギャップを感じることがあって、思いをかき乱され、心が壊れそうになったことがあった、と教師生活をふりかえります。そして、自分を取り戻すために向かったのは山──。

学生時代から好きな場所だったから。さんざん歩いて、山を自分のフィールドにフリーの写真家としてやっていきたいなぁと思うようになりました。


やがて風景写真が評価される時流の後押しもあり、二太郎さんは教師生活に区切りをつけ、写真家として活動を始めます。

写真の売買が成立するようになって、本当に助けられましたね。始めはとにかく売りたかった。『どんな場面でも行きます!』って、求められる写真を撮ってくる

しかし、次第に疑問を感じ始めるように。

僕は〝山の姿〟ばかりに目を向けていた。実は、森の入口からいろんな〝命〟に触れているのに。 そこを無理やり、通り過ぎていくんですよね。頂上に行きたいからね


自然との関わり方を見直した一つのきっかけは『センス・オブ・ワンダー』(佑学社版)との出会い。

環境教育のイベントで話題になり、『これは読まなきゃ!』と思って、すぐに手に入れて読んでみたら、もう……。大きな自然だけじゃなく、足元にあるすべてのものに目を向けて、そのまま感じる。僕の写真の方向をガラッと変える転換点になりました


yama.jpg

小蓮華山稜線のハクサンイチゲ。背景に白馬三山 写真:森本二太郎




そしてもう一つ、大きな転機が。

初めて新潟で大きい個展を開いたとき、自宅が火事になってしまった。いくつかの作品を除いて、機材もフィルムも全部なくなっちゃってね。自分の財産というべき作品がどんどん膨らんでいく充実感があったと思うんだけど……、それがいっぺんに砕かれちゃった。本当に一からの再出発になりました


私たち人間も、風景の中にあるひとつひとつの植物も、好きなところに好きなように生まれてくるわけではない。そこでしか咲けない小さな花も確かに生きている、生かされている。喪失感から見いだされた気づきが、その後の二太郎さんの写真観につながっていったのです。

「あっ、ここで一日居たい」自然と向き合う瞬間

自然に息づく命の存在に気がつくと、被写体は無限です。何が二太郎さんにシャッターを切らせるのでしょうか。

撮りたい写真のイメージを求めている〝目〟はあると思うんだよね。でも、どんな場面に出会えるかは正確にはわかりっこない。予測したりしても人間の思い通りになるようなもんじゃないしね。自分でも気づかなかったものが、写真になってから見えてくることもあるし。だから、おもしろい。だから、何度も行くんですよね


satuei.JPG瞬間を逃すまいと撮影する二太郎さん




数日前、佳代さんと、カメラを持って山の頂上に咲くカタクリをめざしたものの、入口で「あっ、ここで僕、一日居たい」と動けなくなっちゃった、と笑って続ける二太郎さん。

向き合っちゃったら、一日そこにいるかもしれないしね。自然と、そこに居合わせた僕との間に、何か切り結ぶような激しいやりとりがあって、それをどう受け止めてシャッターを切るかですよね


思い通りにならない相手との〝交感〟を捉える難しさも、こう話します。

昔のカメラは、今のように近づいたり、離れたりが瞬時にできなかったから、待ったなしの勝負。その瞬間、確かに出会った、と。それに尽きると思います


目の前の自然を尊び、慈しむまなざし。何度も足を運んで自然の中に身を置き、向き合い、シャッターを切る。二太郎さんの写真は〝生きている瞬間の証〟そのものです。やがて二太郎さんの写真は、上遠さんの目に留まり『センス・オブ・ワンダー』の新装版から縁が生まれ、今に至ります。

まさか、声がかかるなんて思いもよらなかったから、目を大きく見開いてしまうような驚きでした。僕の写真が表現しているものは、大抵の人が無理なく見られるようなものばかりだし、とくに造形美とかを引き出しているものでもないし。まあ、きっと曖昧な写真ですよね


でも、その写された〝佇まい〟に惹きつけられるのだと思います、と伝えると、

それはもう、一番大事だなと思いますよ。どこで、どのように、今を生きているか……こんな世界も実際にあるということが大事だからね


と穏やかに答えてくれました。

かけがえのない瞬間に出会う喜びを


IMG_9936.JPG森本二太郎さんと、妻の佳代さん


集中して聞いたり、話したりすると疲れない? 庭に出てみましょう


佳代さんが声をかけてくれました。
そして〝ルピナス・ヴァレー〟での過ごし方を、ユーモア豊かに話してくれます。

〝ルピナス・ヴァレー〟では、二太郎さんの写真教室や、親子向けのイベント、コンサート、ネイチャーゲームを催すこともあるそうです。二太郎さんの写真集や佳代さんの手作り雑貨を置くショップもあり、自然あふれる庭と住まいに多くの人が訪れます。

庭作りをしていても、覚えのないものが生えてきて、あら、こんなところに? っていう出会いがあって、すごく楽しみなのよね。毎日、何があるかわからないっていう。来てくれた人にも、何が咲いているんだろう? ってゆっくり過ごしてもらいたいんだけど、みんな忙しいのね。この辺りだけで帰る人はまだまだ初心者。奥の森まで行ったら、その人は常連さんね(笑)

レイチェル・カーソンの別荘に近い、バーバラ・クーニーが晩年を過ごした町にも、二太郎さんと佳代さんは訪れたそう。

町の周辺に美しい自然な野原をよく見かけたのだけど、どうしてこんなになるんだろうって不思議だったのね。でも二太郎さんが『ほったらかしにして、こんな美しい景色にはならないと思うよ。その風景を守りたいと思ってる人がいるから、こうして残っているんだと思う』って。じゃあ私も、山が見えて、斜面になっていて、こんなふうに歩けるようにして……なんて自分の願い、気持ちと一緒に庭作りをやっていけばいいのかなって


好きな季節の話題になると、

やっぱり春がいいよね。だって長いこと、長いこと、長いこと、雪解けを待って……だから、風に舞う花びらの下にいるときって幸せだよね


と佳代さん。二太郎さんも同じですか? と聞くと、佳代さんが先に、「秋だと思うな~」と笑って答えます。二太郎さんはいたずらっぽく、

秋よりは冬かな。冬と春だね

と軽妙なやりとり。

そうした間にも、鳥の羽ばたきや、風に波打つ木々に目を向ける二太郎さん。その姿に佳代さんは、

ここは、最大限いい写真が撮れるんです。あそこの野草は朝じゃないと光が当たらないとか、もう全部わかってる。だから、庭仕事するのにスマホは忘れても、絶対、カメラは忘れないの(笑)


二太郎さんが最期までシャッターを切れる場所になればいいなと思って、と目尻を下げて話す佳代さん。庭作りには、二太郎さんへの愛も込められているんですね。

芽が出て、蕾がふくらみ、花が咲き、葉が茂り、やがて枯れゆく営みは変わることなく続いていきます。けれど、同じ光、同じ風、同じ自然に巡り合うことはありません。毎日、かけがえのない瞬間に出会う喜びを、二太郎さんと佳代さんから気づかせてもらったように感じます。

それは『センス・オブ・ワンダー』の結び、──自然にふれるという終わりのないよろこびは、大地と海と空、そこに棲む驚きに満ちた生命の輝きのもとに身をおくすべての人が手に入れられるもの──(P.54より抜粋・要約)を思い起こさせます。

私にもそんな出会いが待っているかもしれないと思うと、窓を開けることも、玄関を開けて一歩を踏み出すことも、とても楽しみになってくるのでした。


情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.45 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:藤田航平・新名直子・去田ゆかり・豊国光菜子、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
※冊子版の送付が可能です。「ネイチャーゲーム普及ツールの取り寄せ」をご覧いただき、お気軽にお知らせください。
(情報誌バックナンバーにつきましては在庫切れの場合がございます。ご了承ください。ウェブ版はこちらからダウンロード可能です。各号目次下部の<※PDFデータを開く>よりご覧ください。)

LPbanner2_1200-300.pngLPbanner0Line_1200-300.png