総合トップ > 会員のページ > ネイチャーゲームニュースレター > 特集 さまざまな分野でのネイチャーゲームの活用や情報提供 > Vol.4 みちのくフォーラムよりC.W.ニコル氏からのメッセージ

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ネイチャーゲームニュースレター
[特集]さまざまな分野での
ネイチャーゲームの活用や情報提供

みちのくフォーラムより

C.W.ニコル氏からのメッセージ

撮影/管 洋志
みちのくフォーラムで
C.W.ニコル氏が語った
自然と子どもをつなぐ活動
  昨年11月30日に仙台市で開催された、「みちのくの自然の魅力を子どもたちに伝えようフォーラム」。主催した東北自然体験学習リーダーズネットワークは、東北7県で自然体験活動を推進する指導者たちのネットワークです。東北各県のネイチャーゲーム協会が後援したこのフォーラムでは、C.W.ニコル氏を招き、地域で自然を守ることの社会的な意義、体験活動を通した子どもたちや社会への効果についてお話を聞きました。今号ではその講演の一部からニコル氏のメッセージをご紹介いたします。
森の恵みと田舎のサイクルの中で生きる
 こんにちは、黒姫の「赤鬼」です。僕が最初に日本に来たのは46年前、日本の国籍をいただいたのが13年前です。僕の愛する大切な人たち、恩人の大部分が日本にいます。しかし、街を歩くと僕はいつも〝外国人.です。でも、森の中にいると外国人でも日本人でもない。僕も森の一部だなと感じることができます。
 僕は牛肉を食べません。なぜかというと、シカ肉の方がおいしいから。それと、この国で穫っているものを無駄にしないで生活しないとだめだと思っているからです。去年1年間で、シカが約10万頭以上殺され、捨てられています。シカ1頭は、僕たちの100食分の料理になります。僕はシカが手に入ると、皮を剥いできれいにばらして、肉を切り分けてスジ肉を挽きます。こうして100食分の肉ができあがります。うちではシカを年に3~5頭、イノシシは年に2頭くらい食べますが、これは全部森の恵みです。また、畑ではちょっと珍しい野菜を作っています。そうゆう田舎のサイクルの中に僕はいます。
 黒姫での森の仕事は24年間やっています。始めたばかりの頃は、我々の森に山菜は7種類しか出なかったのですが、今年はなんと137種類です!これは、僕にはものすごく嬉しいプレッシャーです。僕は137種類の山菜(の名前)を全部書けないから(笑)。
 僕は街中では外国人かもしれませんが、森に入れば赤鬼です。クマたちもそんな僕のことを知っているので僕が通ってもビックリしません。でも、街からえらい人が来たときは違いました。先日、英国の皇太子(ウェールズの王子)と高円宮妃殿下がいらしたのです。警察から宮内庁、外務省、県警、SP、両国の役人が森の中にやってきました。僕は初めから鳥も何も見えないだろうと思っていました。案の定、森の生きものは誰もいなかった、見えなかったの。2日後、森の中に行ってみたら、チップの歩道の真ん中に大きな黒いうんこがありました。2頭のクマが「ここはオレの場所だぞ」と残していたのです。

C.W.ニコル

1940年英国ウェールズ生まれ。17歳でカナダに渡り、その後、カナダ水産調査局北極生物研究家の技官として、海洋哺乳類の調査研究にあたる。1967年より2年間、エチオピア帝国政府野生動物保護省の猟区主任管理官に就任。シミエン山岳国立公園を創設し公園長を務める。1972年よりカナダ水産調査局淡水研究所の主任技官、また環境保護局の環境問題緊急対策官として、石油、化学薬品の流出事故などの処理に当たる。1962年に空手の修行のため初来日。1980年、長野県に居を定め、執筆活動を続けるとともに、1986年より、森の再生活動を実践するため、荒れ果てた里山を購入。その里山を『アファンの森』と名付け再生活動を始める。2002年、『アファンの森』での活動や調査等をより公益的な活動を全国展開するために、http://www.afan.or.jp/「財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」を設立し、理事長となる。1995年7月、日本国籍を取得。2005年、英国エリザベス女王陛下より名誉大英勲章を賜る。

撮影/南 健二
日本人は本当に恵まれている
 僕が最初に日本に来た時は、3回目の北極探検の後でした。東京に武道を習いに来ていましたが、北極の自然の中と東京の環境の違いに戸惑っていました。武道の先生が、道場の学生に「こいつを森に連れて行け」と言ってくれました。今から46年前、日本の森に初めて行き、日本の雪山の厳しさ、美しさを味わいました。若い日本人と一緒に雪洞を掘って、ロウソクの光を灯して雪洞に泊まった。あの時、「オレは日本人で生まれたら良かったな」、「日本人は本当に恵まれているな」と思いました。そして、次に森に行ったのは秋、10月でした。日本の山道は急で大変で、北極に負けないくらい"地獄"。「もうだめだ!」と思った時に、ブナの原生林に入りました。涼しくて、空気もおいしく、ブナの幹が真っ直ぐで美しかった。強い太陽の陽射しが、木漏れ日になっていました。周りには花が咲いていて、笑っているような水の音が聞こえました。水筒に水をいっぱいくんで飲み、「こんなにおいしい水はない」と思いました。そして、しばらく歩いたら鳥肌が立って、思わず涙が出ました。先輩たちがそんな僕を見て、「おいどうしたんだ?」と聞きました。でも僕は説明できなかった。
 僕たちの国(英国)では昔キリスト教が入る前に、ブナは「水の神様」だと言われていました。昔の資料を読むと、ブナの原生林が当たり前の景色だった。今は古い森のかけらが残っているけど、日本の原生林とは違う。僕は悔しかった。なぜ、我々の先祖は美しい森を残してくれなかったのか。なぜ、日本にはあるのに我々にはないのか。なぜ日本はこの美しい森を残せたのか。日本の森にはクマが出ると聞いてワクワクしました。英国からクマが絶滅したのは900年以上前だから...。この悔しい気持ちと、今、ここに立っていて世界一幸せだという2つの気持ちがありました。僕を森に連れて来てくれた先輩たちに感謝、この美しい森を残してくれた日本に感謝。武道だけではなく、この日本の文化をもっと知りたい。この美しい国を知りたい!――そんな気持ちがあの日からずーっと続いています。

撮影/管 洋志
日本の里山、そして子どもたちとの出会い
 当時、東京の騒音がひどかったので僕は東村山に引っ越しました。そこには雑木林がありました。いわゆる里山ですね。その森の中がとても明るかった。なぜなら人が手入れをしていたからです。乾いた木を薪にし、落葉を肥料にしていた、それを見て僕は感動しました。僕はよく里山の森の中で空手の練習をしていました。そこには子どもたちがいて、僕は聞いたこともない生きものを、子どもに「何の音?」って聞いてみた。子どもは「知らないの?」という感じで、「セミだよ」って教えてくれた。セミは英国にも北極にもいないので、「鳥?、カエル?」と思って探したけれど、昆虫だと知って感動しました。そんなふうに8歳くらいの子どもたちが、僕にいろいろ教えてくれました。その頃は、里山の森の中で必ず子どもが遊んでいました。でも、子どもたちはスキー場や決まった遊び場所にしか行かなくなってしまった。一世代ですっかり変わってしまったのです。
 今、僕は日本の国籍をとり、そして森をつくっています(長野県黒姫にあるアファンの森)。それは、日本から幸せをもらったから。僕はケルト系日本人、ケルト人としてお返しをしなければならないからです。昔、南ウェールズではイギリスの炭坑産業のために、森の面積が5%しか残ってなかった。そして、川は全部死んでいました。失業率も30%を越えていた。そんなとき日本人が来て工場を作り、仕事をつくってくれたんです。だからウェールズの人たちは、日本人の癒しの場所としてウェールズに日本の森をつくりたいと僕に手紙で相談してきてくれた。それで、僕もケルト人として恩返しのためにも日本に森をつくろうと思ったのです。クマも子どもも戻ってくる森をつくること――それが僕の恩返しです。

未来がある森をつくる仕事
~全国の仲間たちのメッセージ~
 僕は、これからの日本は水と森の復活が基本になると思います。黒姫の森も、最初、刈り始めた時は数メートル先しか見えず、とても暗かった。そこで、木を調査し、切って(間伐して)、光を入れました。そして、水場もつくりました。水場は穴を掘っただけで、あとは自然が再生してくれます。森に光が入ると山菜が増え、花も増えました。花が増えると昆虫が増え、昆虫が増えると鳥が来ます。鳥はまた種を落としてくれる。そして、木の実ができると、生きものがどんどんやってきます。フクロウが帰ってきたし、アナグマもきました。今年はフクロウのために作った巣穴にムササビが住みました。木が成長したのでフクロウが本来の居場所にいられるようになったんです。
 冬はこの森にクマが寝ているはずで、テン、ヤマネ、いろんな生きものがいろんな営みをしています。この24年の間に、絶滅危惧種が22種も戻ってきました。僕らは開発もしました。手づくりで480mの川をつくりました。なぜつくったかというと、昔、鉄を取るためにこの森のあちこちに穴が掘られたために、水の流れがおかしくなった。だから、我々はそれを治そうと思ったのです。新しいハビタット(生息場所)をつくったの。すると、4年経って22種のトンボが帰ってきました。そして、サンショウウオも帰ってきた。カエルも増えました。我々の森は、荒らされて放置されてきた場所でした。自然に任せたほうがいいという声もあります。でも、それは違う。人が入って変えてしまった森は、もう一度人が入って、人間もその森のサイクルの一部になるべきだと思います。
 アファンの森は、ウェールズの森と姉妹の森になりました。これは世界で初めてのことです。だから、今、ウェールズの子どもたちは長野の森の生きもののことも習っています。
 僕は、日本の国籍であることを、本当に誇りに思っています。そして、ケルト系日本人としての僕の仕事は、子どもの遊べる森、生きている森、未来がある森をつくることです。僕は、日本の未来を信じています。生きている元気な自然の中で、皆さんの努力で森を変えると、本当に子どもたちが変わってくるんです。本当に違ってくる。どうか一緒に未来を信じ、美しい日本を作りましょう。ぜひ皆さんで一緒に・・・よろしくお願いします
参加者・主催者の感想
●藤田航平(日本ネイチャーゲーム協会スタッフ)
ニコルさんの生き生きとしたお話から、森や子どもたちへ"心のこもった"かかわり方を感じました。「一緒に未来を信じ、美しい日本をつくりましょう」という言葉は、自然案内人である私たちへの応援メッセージ。子どもたちを自然へ案内し、自然の素晴らしさや自然とかかわっていく心を育てていくために、これからもたくさんの仲間たちと取り組んでいきたいと、元気をもらいました。

●去田ゆかりさん(東北自然体験学習リーダーズネットワーク事務局)
このフォーラムで、東北と新潟の各地域が一つのことに取り組もうという意識が芽生え、試行錯誤しながら連携がとれたことが大きな成果でした。主催したリーダーズネットワークの認知度が上がったこと、また自然体験活動やネイチャーゲームについても広く知ってもらうことができたのもうれしい成果でした。私自身としては、人に何かを伝える難しさを知ると同時に、理解してもらう工夫をすることへの学びにつながりました。今後もこの活動を継続することになり、9月26日(土)に仙台で『センスオブワンダー』の上遠恵子さんと森本二太郎さんをお招きして、第2回目のフォーラムを開催する予定です。ぜひ皆さんもご参加ください。
取材・構成/編集部
協   力/(株)C.W.ニコルオフィス
写真提供 /(財)C.W.ニコル・アファンの森財団

※本記事は情報誌「ネイチャーゲームの森 vol.65」(2009年3月15日発行)特集より転載しています。
 団体名称、役職者名等について発行時の表記となっている場合があります。

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