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「あるがまま」に... 共感と受容〜ネイティブアメリカンの世界に学ぶ(SNL2014年6月発行)
人間もまた自然の一部である――という世界観をもつネイティブアメリカンの伝統文化は現在の環境教育に多くの影響を与えました。
日本で彼らの伝統儀式を用いて教育活動を行う松木正さんはそのなかでも、彼らがいちばん大切に育ててきた心のあり方〝自己肯定感を育むこと〟を伝えたいと話します。
あるがままそのまま
ラコタ族伝統儀式
継承者
【環境教育指導者】
松木 正(まつき・ただし)さん

環境教育を学ぶために渡ったアメリカで、先住民族の自然観・生き方・伝統を学ぶ。帰国後は、学校・企業等で人間関係トレーニングなどを行っている。
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現在、マザーアース・エデュケーションの主宰を務める松木正さんが、渡米したのは89年。キャンプカウンセラーやYMCAの職員として行ってきた環境教育の経験をステップアップしようと渡ったアメリカで、めぐりあったのがアメリカの先住民族・ラコタ族の伝統世界でした。

すべてのものはつながっている。そのつながりのなかで生き、生かされる、人間もまたその〝自然〟の一部である…という彼らの生き方に共感しました。けれどそのときのぼくにいちばん影響を与えたのは、目の前にいる人に対する彼らの〝共感〟と〝受容〟の姿勢だったんです

京都市伏見生まれ。下町風情のある、松木さんいわく〝やんちゃな地域〟で育ったため、近所のおじちゃんやおばちゃんなど、多くの人から「無条件に愛されていた感じ」があった一方、「男たるものは」という空気感に色濃く包まれていたように思うといいます。男は泣いたらあかん、弱音を吐いたらあかん、肉体的にへしゃげてたらあかん…。

そんな、意識もしていなかった束縛から松木さんを解放したのが、ラコタの伝統儀式『スウェットロッジ』でした。

蒸し風呂状態の小さなテントのなかで仲間といっしょに祈りや想いを語る『スウェットロッジ』。〝再生の儀式〟とされる、ラコタ族の聖なる儀式のひとつです。そこから出て、へとへとになって地べたに倒れ、それでもなお起き上がろうとする松木さんに、長老が言葉を掛けます。

「この大地に生きるものにとっていちばん大事なものは〝信頼(faith)〟だよ。信頼のないところには、何も起こらない。そして〝信頼(faith)〟は、〝受け入れること(accept)〟からはじまるんだ」

あるがままの自分を受け入れる。そこからはじめて自分に対する信頼がはじまる…ということ。

それは他者に対しても、同じです。

目の前の相手を〝あるがまま〟に受け入れる。あるがままの相手を尊重し、自分のこととして解釈したり評価したり、自分の枠組みで考えたりせず、相手の今に寄り添う。それが、まさしく〝共感〟です。今ここに存在している相手の世界のなかに入っていき、共にいて(be with)、あたかも自分が感じているように相手のことを感じながらいる

そしてその〝共感〟のうえにしか〝信頼〟はうまれないのだと、いうのです。


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ラコタ族の兄弟ベンジー(左)と。


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先住民族居留地ツアーの参加者と。


ラコタが〝人の姿〟を表す「生命の木」

下のイラスト『生命の木(Tree of Life)』は、ラコタの人たちが〝人の姿〟を表す図だといいます。

木にとっていちばん大切なのは〝根〟です。この根が人間にとっては〝自己肯定感〟。何をしているか、できるかではなく、無条件に『存在していていい』という存在そのものの肯定感(being)を表しています。これは『あなたが大好き』『生まれてきてくれてありがとう』という母性に通じる、安心感を与えます。

これに対し、〝枝葉〟はしていること doing の肯定感を表現しています。サッカーの名プレーヤーである、勉強ができる、お利口さんにしている…。これを推進する力は、どちらかというと父性に近く、枝葉は外に向かって伸びていき、そこに適応しようとします

人間の成長には、この2つの要素が必要だとは、松木さん。ところが、カウンセリングの仕事をするなかで感じているのは、「人がもつ問題の根のほとんどが、自己肯定感が育まれていないことに端を発しているように思う」のだと。
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根拠のない自信と有能感に支えられた自信
何の根拠もないのに『きっと私は大丈夫』『絶対幸せになる』と思っている人がいるでしょ。これは being から来ている自信です。これに対して、学歴もある容姿も充分で、人から見たらすべてに高い能力を持っているのに自信がない人がいます。たいていこういう人は『○○ができたら、私は自信がもてると思う』という。これはdoingによってできた自信で支えられている人です。

もちろん doing による自信(有能感)がないと物事は達成できないので、doing も大切です。ただ、問題なのはbeingが得られないから doing で自信をつけている人です。これらの人たちは、常に『うまくできないと人は認めてくれない。見捨てられる』という不安を抱いています

そのため他人から評価を得ているときは問題ないが、いったん「できない」という評価がつき風当たりが強くなると、どうしたらいいかわからなくなったり、無気力になって、心が折れてしまうことがあると、松木さんは心配します。

人間の不安の感覚の元は、バーストラウマだといわれています。母親の体内にいるときの〝絶対的な安心〟からの分離不安、切れることへの不安感、孤立への恐れからきているのだと

小さい子は不安になると母親のところに行って甘え、不安が解消するとまた離れて遊びはじめます。バーストラウマによる〝恐れ〟のエネルギーが大きいため甘えが必要であり、甘えて〝受け止められる〟ことによって、自己肯定感beingが育まれていくのだそうです。バーストラウマが癒えていくプロセスこそが、自己肯定感が育まれていく過程なのだと。

ところが、自己肯定感が充分育たないうちに妹や弟ができるなどして、『お姉ちゃんだから』などと突き放されると、子どもは being が得られないかわりに doing で認めてもらおうとして、いい子・できる子を演じます。

もっと私のそばにいて! なんで私は甘えちゃいけないの…などの怒りや悲しみをすべて飲み込み、〝私は大丈夫〟の仮面をかぶる。すると心のなかに『善=できる子』『悪=甘える子』という勧善懲悪の世界ができてしまうんです

そして『善の仮面』をかぶっているときの自分を見せようとし、時には〝善なるもの〟が〝悪〟を攻撃するのだと。


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プログラムでラコタの自然観を語る。


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ラコタ族から贈られた手作りのキルト。

人の在り方〜Do Be クロス

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「積極的か消極的か」で評価しない社会を
今は、学校の評価をはじめ、多くの場面で「積極的」か「消極的」かで人を評価し、積極的であればいいとしがちです。しかし、積極的か消極的はともにdoingの評価。それは危険だと、松木さんはいいます。

積極的=主体的ではありません。行動は積極的でも客体性の強い人はいます。周りに合わせてやっている、誰かの期待に応えてやっている、というケースです。エリートに多く、高度成長期〜バブルの時代までは重宝がられ、認められました。でも、もうそういう時代ではありません

「主体的」とは、自分に主体があるという意味で、このことは自分にとって興味がある、心地いい、やりたい!という、自分のあるがまま〟といっしょにいる在り方(being)です。これに対し「客体的」とは、ありたい自分ではなく、〝見られたい自分〟でいる在り方です。「消極的でも主体的な人はいます」と、松木さん。

そして、〝doing によって自分への信頼感を得てきた人〟が心に問題を持ったとき、誰かが共にいて、共に感じながら話を聴いてくれたなら、解決することは多いと松木さんはいいます。

ただし、このとき注意をしなければいけないのは、同感と共感の違いです。

同感(私もそう)と共感(あなたはそうなんだね。そういうあなたとともにいるよ)は違います。他人の話すべてに同感することは無理です。それを無理に頭で同感しようとしても、聴き手の反応は自然と弱くなり、話し手がそれを感じると、受容懸念がうまれて『話さない方がいい』となります
聴き手は〝同感〟ではなく、その人の話の風景のなかに入っていき、〝共感〟をする。共感したことを、自分のものとして受け取る(同感する)かどうかは、そのあとの問題。聴き手の問題です

「共感=あなたはそうなんだね」と「同感=私もそう、わかるわかる」は違う。

自分自身のシェアリングのあり方をもう一度考える、シェアリングの本質に向き合えた取材でした。


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ラコタ族の聖地『BEAR BUTTE』


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情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.05 特集(デザイン:花平和子 文:伊東久枝 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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