TOP

ライフスタイル
木の思いを汲む...樹木医が語る動かぬ命の鼓動(SNL2015年12月発行)
誰もが手を出さなかった300畳以上に枝葉を広げたフジの古木の移植。
それをやり遂げ、古木に新たな居場所を与えたことで知られる樹木医・塚本こなみさん。
数百年、千年という命を扱う毎日のなかで感じた
〝自然の形〟を知りたくて、塚本さんを
訪ねてみました
数百年の命と向き合う
木々の代弁者
【樹木医】
塚本こなみ(つかもと・こなみ)さん

造園業を営むご主人の影響で造園家に。1992年、日本で女性初の樹木医となり、全国の巨樹や古木の治療・移植に当たる。現・静岡県『はままつフラワーパーク』理事長。
snl11image04.png

数百年の命と向き合う



塚本さんが、フジの古木を移植したのは1996年。すでに20年のときがたちます。そして大フジは今も毎年春になると、見事な花をつけ、年間100万人もの人が訪れるフラワーパークの顔として人びとを魅了しています。



藤棚の広さは現在600畳。多くの専門家が「難しい...」と移植に手をこまねいた木は、新たな土地にしっかりと根を降ろし、今やその勇壮は世界に知られるものとなりました。アメリカの放送局CNNが選んだ『2014年世界の夢の旅行先10か所』に堂々と名を連ねたのです。



その間塚本さんも各地を訪れ、多くの木の移植を手がけました。これまで「この木は動く!と思った木は、1本も枯らしていない」という塚本さん。まぎれもなく、木の移植のエキスパートです。



しかし、塚本さんにとっても大木の移植は簡単なことではありません。とくにフジは困難を極めた木。尽くす手がなくなり、フジに「どうか教えてほしい」と尋ねた日が何度となくあったそうです。

snl11image05.png

1996年に移植され、今や世界に名を馳せるようになった栃木県『あしかがフラワーパーク』の大フジ。

たかだか数十年の命が悠久の命を、動かす
フジは繊細な木で傷つくとそこから腐り、何をしてもとまらないんです

古木の移植を引き受けた当時、フジの移植は未経験だった塚本さん。日々無我夢中でフジと向かい合っていました。



多くの木は、枝などを切ると外皮が盛り上がってきて、ちょうど人間でいえばかさぶたができて傷口を治すように、切り口を塞いで腐りを食い止めます。ところがフジはそれをしない。傷口からどんどん腐っていってしまう。殺菌塗布剤とされるものをいろいろ試しても止まらない。万策つきてフジに「どうしてほしいの?」と聞いたとき、ふと見えたものがありました。



フジが自ら捨てていたんです。フジは傷ついた部分を治さない。傷を治すことに労力をかけず、腐っていない部分から新たな芽を出すのです

それは、命のメカニズムに気づいた瞬間でした。



フジは手入れ次第で、500年も千年も生きる木。たかだか数十年しか生きていない私がなんとかしよう...なんて気持ちで向かってもダメなんです

と、塚本さんはいいます。そして、謙虚な気持ちで木に向かい合ったとき、答えが自ずと出てくるのだそうです。



どんなに優秀な樹木医であっても、葉っぱ一枚自分ではつくれない。木の自ら治る力を信じて助けるだけなんです

木にはそれぞれ個性がある。



それは30年間、ひたすら樹木と向かい合うなかで得た、塚本さんのまぎれもない実感です。それを理解せず、人間の勝手な思いで木を扱うと「木は不幸な一生を送ることになる」といいます。



フジの移植を手がける前にクスノキの移植をしたことがあります。工事はきちんとしたのにいくらたっても木が元気にならない。どうしてなのか最初は分からなかったんですが、クスノキは〝楠〟と書くんですよね。呼んで字のごとく、南の地域に生息する木です。なのに、北風が当たる場所に植えてしまった。庭園のデザインしか考えずに...

塚本さんが不幸な一生を強いてしまった木です。その後、風よけの『寒冷紗(かんれいしゃ)』をかけたり、幹に『緑化テープ』という包帯を巻いたり、支えを強化したりとさまざまな方策をとり、クスノキは30年を経た今も健在です。それでも「決して素晴らしい状態ではない」といいます。

木の移植は物を動かすのとは違う

snl11image06 .png


生命力を感じる木は、必ず動きます。



じつは、大フジの移植には、出逢ってから2年の歳月がかかっています。300畳あった藤棚の枝と根をトレイラーに乗る大きさまで切り詰め、少しでも適合するよう移植先に元の場所の土を運び入れ、東西南北を以前同様に合わせて植え込み、細心の注意を払って、準備から事後の手入れまでを行いました。その間、あらゆる未知との戦いの連続でした。



木は外皮の内側数ミリの層で細胞分裂をしているため、そこが生命線なんです。ところがフジは外皮が非常に柔らかく少しでも傷つけるとその〝木の血管〟とも言える部分が断ち切られて、枯れてしまうんです

そこで、幹を傷めないようにクレーンで木を持ち上げるときには、支える部分を石膏で固めて保護しました。これは人間が骨折をしたときに用いるギプスがヒントになったそう。傷口の腐りの進行を緩やかにできた墨の塗布剤の考案は、史跡から見つかった木簡が腐っていないことから思いついたといいます。



造園業者の間で「フジの移植は根元径60センチまで」といわれていた当時、根元径が100センチを超える木の移植は前例がありませんでした。すべては塚本さんが日々の格闘のなかで見いだしてきたものです。



私があきらめたら、このフジは生きる道がない。そんな思いでやっていたように思います

とは塚本さん。

ただ、困難を極めはしたが、ダメだと思ったことはなかったといいます。それは、最初に出逢ったときに「この木は動く!」と感じた確信にも似た思い。



どの木も最初に見たときに、動くか動かないかが分かります。生命力を持っている木は動く。移植は根の9割を切る大手術です。それに耐えられる木であるかどうか。それは見て分かります。そして幹を触って、確信を持つ。外皮がしっかりしていても触ってボクボクの木は、見た目にも活力がなく、動きません

枝葉の症状、すべて根にあり──。



これは、樹木医試験のときに教官が贈ってくれた言葉。



樹木医の仕事の9割は土壌環境を整えることです。水分量や酸素不足や、悪玉菌や善玉菌といった微生物含有量など。枝葉が枯れるとか、葉が小さい、色が悪い...それはすべて根が苦しがっている状態なんです。どこか人と似ていますね

人の場合、根は心。根性、根幹、根気、根本...。気がつけば、大切なことにはみんな「根」の字がつくとある日思ったという、塚本さん。



だから私は『心根』という言葉が大好きなんです

と笑うその顔に、3人の子どもを育てたお母さんの表情が垣間見えた気がしました。

樹木医になって知ったこと。命の、自然のメカニズム。

樹木は、知り尽くしたと思っても、一生わからない存在。



数十年の命が千年の命を扱うのが樹木医という仕事。いつしか「自分の至らなさに怯え、日々木から学ぶことばかり」だという塚本さん。



私の仕事は、木の心を察すること。木が何をしてほしいのか、命が何を求めているのか...。それを問う時間を多くもつことが大切だと思います。そしてそれができるようになるには、自然のなかに出かけ身を委ねることが必要なんです

塚本さんには、治療に迷ったときに会に出かける木があります。山深い森に立つスギの大木です。



自然のなかで種から芽吹き数百年も千年も生き続けている木は、強さが違います。畏敬の念を抱きます。そしていつも思うのは、この木が弱ったときどうすればいいのだろうということです。でも未だ方法が思いつかない。技術も知識もない。するとスギが『いや〜、何もしなくていいよ』というんですよ。常に私を原点に戻してくれる存在です

命ある物は必ず滅する。それは自然界の掟です。人の手が入らない森を歩くと、大木が倒れた後に新たな種が芽を出していたりします。それらを見て、塚本さんは「大自然の循環と素晴らしさを感じる」といいます。



すべては大地に還っていくんです。そして本来、人もまた自然の一部なんですよね。多くの人は人間は特別だと思い、自然界に君臨しているように思っているかも知れませんが、もっと人間も自然に生かされていることを知るべきです

自然災害のときだけに、自然の脅威に怯え畏敬の念を抱くのではなく、穏やかな日々のなかでも〝自然と自分の命の鼓動を共鳴させる体験をすることが大切〟だと。それが40年の樹木とのつきあいのなかで学び、切に願うことと言います。

snl11image07.png

塚本さんがこよなく愛する「春埜山の大スギ」

人は木に心をぶつけ癒される

塚本さんは、以前テレビの仕事で小学校の特別授業をしたことがあります。そのとき子どもたちに、校庭で「自分の木」を決めて話をしてみようと提案しました。最初は「木と話なんかできない」と文句をいっていた子どもたちのなかから、2週間、3週間とたつうちに「木に悩みを聞いてもらった」「運動会で2位になった。ぼくの木が応援してくれた」という子が出てきました。



木を擬人化することがいいかどうかは分かりません。でも、もの言わず、ただただ自分を受け入れてくれる対象、どんなときもどんな環境にも耐えてそこに立ち続ける木に、人は心をぶつけ、癒されるんだと思うんです

と話します。



そして塚本さんにとっての樹木は



知り尽くしたと思っても、一生わからないもの。人生の師匠

だといいます。



一生かけても極められないけれど、極めてみたいものと出逢えたこと...。「幸せな人生です」と、輝く目で植物を見つめる、樹木医塚本こなみさんです。

snl11image03.png

情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.11 特集(デザイン:花平和子 編集:伊東久枝、佐々木香織、水信亜衣 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
※冊子版の送付が可能です。「ネイチャーゲーム普及ツールの取り寄せ」をご覧いただき、お気軽にお知らせください。
(情報誌バックナンバーにつきましては在庫切れの場合がございます。ご了承ください。▶︎ウェブ版はこちらからダウンロード可能です。各号目次下部の<※PDFデータを開く>よりご覧ください。)