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まもり続けるもの...「世界遺産」遠くて近い、人類の宝(SNL2013年9月発行)
2013年6月。
第37回世界遺産委員会で富士山が世界遺産に登録されました。
190の加盟国の代表は、富士山の何を評価し「人類共通の財産」と認定したのでしょうか。
そして、『世界遺産』に登録されるという真の意味は...。日本自然保護協会の吉田正人さんにうかがいました。
受け継ぎたいこころと自然
自然の守り人
【大学院教授】
吉田 正人(よしだ・まさひと)さん

公益財団法人日本自然保護協会専務理事。筑波大学大学院教授。おもに、人間活動が自然生態系に与える影響と、それに対する保全対策を対象に、研究や活動を行っている。
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流氷の海、一万年のブナ森、サンゴ礁...。

日本には世界に誇れる〝多様性〞があります。



富士山の登録で、この夏(2013年)再び注目を集めた『世界遺産』。日本は、すでに17の世界遺産を有する国となりました(2013年時点)。そのなかには、法隆寺地域の仏教建造物や白川郷・五箇山の合掌造り集落などの文化遺産の他、屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島という、日本独自の自然を誇る地域が含まれています。



南北に長い日本は、国土面積は決して大きくはありませんが、生態系・生物種ともに多様性の豊かな国です。流氷が接岸するような地域から、サンゴ礁の広がる海までを有する国というのは、世界広しといえどもそう多くはありません

と語るのは、国際自然保護連合(IUCN)の日本委員会会長も務める、日本自然保護協会理事の吉田正人さん。



長年に渡り日本の自然保護に尽力し、現在は筑波大学大学院で生物多様性保全や世界遺産を含む自然保護法制度の研究などを行っています。



このたびの富士山の登録は、自然遺産・文化遺産・複合遺産という3つのカテゴリーがある世界遺産の『文化遺産』として登録されました。富士山は、もちろん自然美・自然景観の点で自然遺産に値する価値があります。しかしそのほかにも、古から人びとの信仰の対象とされてきた歴史。そして、海外の芸術家にも多大な影響を与えた浮世絵をはじめとした、〝芸術の原泉〟という価値を加味し、『文化遺産』に申請された訳です

自然の〝威厳〟を感じる登山適正人数へのルールづくり

富士山は、古くは幾度となく噴火をくり返すことから〝神が宿る山〟とし畏れられ、時代がたつにつれ山岳信仰と結びついて、修験者が登る「信仰の山」となります。一方、広く民衆に定着したものに、麓から山頂を拝み、また麓の霊地の巡礼を行うことで、富士山に居所する神仏の霊力を得て自らの擬死再生を願うという『富士山信仰』があります。



このたびの世界遺産の登録にあたっても『構成資産』として最初にあげられているのが、頂上に建立された神社などの信仰遺跡群です。そして、山腹や麓には今も宿坊や多くの霊地があります。



今回の世界遺産登録は、富士山の自然と文化の融合が評価されたものです。ということは、今後私たち日本人は富士山の自然だけを守ればいいということではなく、その文化も守り、後世に受け継いでいかなければならない義務を負ったということです

と、吉田さん。近年、入山が許可される夏の2か月間に富士山に登る人の数は、約30万人といわれていました。それが世界遺産に登録されたことで、さらに膨れあがるだろうと予想されています。しかし、自然の威厳を感じて登れる「適正人数」は、専門家による試算では年間20万人。



登山の前に富士山の伏流水が湧き出る泉で身を清め、宿坊に泊まって僧侶の話に耳を傾け、荘厳なる自然に敬意を払って登頂を目指した富士登山。その〝文化〟を継承する適正人数は、現状の半分ということです。それを守る制度をつくること。それが、今後の大きな課題です。



あまり報道されていませんが、今回の世界遺産登録には、『環境収容力』を適正に保つためのルールをつくることが課されています。そして2016年2月には成果報告の義務があり、その結果では登録抹消の可能性もあるのです

富士山登録の審議に同席していた吉田さんは、各国の委員が重ねてこのルール作成を強調していたことを深く受け止めなければいけないと話します。



これまでの、富士登山は『百名山制覇』のような登頂することを目的としたものが主流でした。しかし、今後は時間にゆとりをもった日程で、森を味わったり、そこに生息する生きものに親しんだりしながら、ゆっくりと登るものへ移行できるといいと思います。すでに地元では溶岩洞窟や豊かな森林など、五合目から下の〝麓の自然〟を楽しむ『富士下山』が進められています。富士山の世界遺産登録で、日本人の自然との接し方を変えることができるといいですね

多様性豊かな日本の〝地域の遺産〟を守る

「世界遺産と自然保護」と聞くと、「人類共通の財産である貴重な自然を守る義務」と捉えがちです。しかし1992年、日本は『世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)』の締結国になる時点で、「自国の貴重な自然や文化を守る義務を負う」ことになっています。



つまり私たち日本人は富士山や知床、屋久島などの世界遺産に登録されたものだけでなく、身近な森の自然や町内に残る文化遺産を守っていかなければならないということなのです。



富士山と一緒に世界遺産に登録された場所に『中国ハニ族の棚田』がありますが、日本にも能登半島や佐渡をはじめ、各地にそれに類する棚田が残っています。しかしどこも過疎化や農業の衰退による人手不足で、棚田の維持が危うくなってるのが現状です。棚田を維持する石積みの技術などは、後世にきちんと伝承していかないと、いつか棚田が維持できなくなります。伝承技術というのは一度失えば消えてしまい、再現ができない〝文化〟なのです

そのような場所でできたお米を購入し、田植えや稲刈りなどの援農活動に参加する、そういうことも大切な日本の遺産保護活動だという吉田さん。自らも千葉の田んぼで、無農薬の稲作を続けています。



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規模は小さいが、フィリピンや中国の棚田に匹敵する技術や文化を有する能登半島の棚田

20%の消費生活が変化すれば自然保護は大きく変わる

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オーストラリア・タスマニア島にある世界遺産登録地域「クレイドルマウンテン国立公園」。

登録当時近隣では、日本に輸出されるために森の伐採が行われていた。


ティッシュペーパーや電気...。

消費者の選択で守れる自然があるんです。



現在、世界には981の世界遺産があります。それらは一見、私たちの生活から遠く、その保護は保有国に託されているかのように思いがちです。



しかし各地の『世界遺産』のなかには、保護の可否が私たち日本人の生活に密接している遺産も少なくありません。



オーストラリア南部に位置するタスマニア島の原生地域は、1982年に貴重な自然と先住民族アボリジニの文化遺産が評価され、複合遺産として世界遺産に登録されました。しかし当時、隣接地では、登録地域と同等の森林が現地企業と日本企業の合弁会社によって伐採され、ティッシュペーパーとして日本に輸出されていたのです。幸い、現地のNPOの活動により伐採が中止され、企業や州政府の合意のもと保護が決められ、今年晴れて世界遺産地域に加えられました。



同じく、オーストラリアのカカドゥ国立公園は、中心部だけがウラニウムの露天掘り鉱山がある理由で世界遺産から除外されています。その鉱山から採掘されるウラニウムは、他でもない、日本の原発で利用されていたのです。



他にも、携帯電話の製造に欠かせない希少鉱物を採掘するために、絶滅が危惧されているゴリラやアフリカゾウが棲むアフリカの森が伐採され、エビの養殖を行うためにインドネシアのマングローブの森が消えています。



自分の消費活動が貴重な自然を傷つける可能性を減らすためには、できるだけ生産現場が把握できる『地産』のものを選ぶのがいいと思います。そして、多少価格が高くても、無農薬有機栽培の野菜など、生態系に悪影響を及ぼさないものを選ぶことです(吉田さん)

ヨーロッパでは、消費者の30~40%が「環境への配慮」を念頭におき商品を選んでいるといわれます。しかし残念なことに日本では、そのような視点を持って暮らす人はまだ10%程度。



この割合が20%にあがれば、日本の社会は確実に変わります

と、吉田さんはいいます。



自分の小さな選択が「人類共通の財産」につながっていることを意識できれば、日々の暮らしはきっと変わるはずです。



SNL02image11.png『海のエコラベル』は国際組織「海洋管理協議会(MSC)」の認証を受けた持続可能な漁業の水産物。

SNL02image10.png北欧では、すでに 30 ~ 40%の消費者が環境に配慮した商品を選んでいる。


情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.2 特集(デザイン:花平和子 編集:伊東久枝、佐々木香織 表紙イラスト:矢原由布子 イラスト:井上みさお)をウェブ用に再構成しました。
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