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ライフスタイル
特集:ネイチャーゲームを見つけた人(SNL 46号/2025年10月号)
五感を使って自然を体感し、自然への気づきや感動をわかちあう「ネイチャーゲーム」。
2026年には、日本で普及が始まってから40年を迎える「ネイチャーゲーム」を日本に広めるきっかけを作ったのが、ネイチャーゲームグラントレーナーの服部道夫さんです。
その出会いから、今なお変わらぬ普及への熱意と探究心、そして自然とともに生きることについてうかがいました。
運命的な出会い

日本ネイチャーゲーム協会(現・日本シェアリングネイチャー協会)元理事長 / ネイチャーゲームグラントレーナー

服部道夫

愛知県出身。1982年にネイチャーゲームの原書であるジョセフ・コーネル著『Sharing Nature with Children』に巡り合い、仲間とともに日本シェアリングネイチャー協会の礎を築く。長きにわたり事務局長、理事、理事長としてネイチャーゲームの普及を牽引。現在はネイチャーゲームグラントレーナーとして、後進の育成に尽力している。著書に『月刊かがくのとも きはともだち』(福音館書店)。

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今から遡ること43年前――都内のとある街の本屋で、平積みにされた雑誌の中から、ふとアウトドア誌を手に取るひとりの若者。雑多な情報がぎっしりと載ったページの片隅、わずかなスペースに見つけたのはJOSEPH BHARAT CORNELL著『Sharing Nature with Children』という本の紹介記事でした。

これは何か違うぞ・・・


outdoor.jpeg 日本のネイチャーゲームは、なんと、この7cmほどの記事から始まったのだ!


そう感じた若者はすぐに大きな書店に出向き、その原書を取り寄せます。この若者こそ、今回お話をうかがった服部道夫さん。ネイチャーゲームを広めるために人生をかけて奮闘した人です。当時、服部さんは自然観察指導員の資格を持ち、高尾山子ども自然教室のボランティアをしていました。

子どもが夢中になるプログラムはないものかと飢えてたんですよね。そのときに偶然、この記事が目に留まったんです



この原書との出会いには、たどり着くべく伏線がありました。

当時の自然観察会というと、植物や生きものの名前やつくり、生態などを教えるスタイルが主流で、子どもの反応が薄いことを実感していたんです。ネイチャーゲームの原書に出会うより少し前、自分なりに研究をしているとき、『自然学習の思想』(ベイリ著・宇佐美 寛訳/明治図書)という、とても魅力的な本を見つけました。手に取って読んでみたら、すごいことが書いてある。自然を理解するには、知識ではなく感覚でやるべきだ、そして最終的な自然学習のねらいは、子どもの自然への愛、自然に対する共感を育むことだと述べられていたんです


服部さんは、ベイリの考えに深く共感し、体験に基づいた新しい自然観察の姿がアメリカにあるのではないかと考え、原書を取り寄せてはむさぼるように読み込んだそう。
しかし、自然に触れ、感じることの重要性が説かれていても、どう実践するとよいかまでは言及されていない……。そんなときに冒頭の出会いが訪れたのです。

これはのちにわかったのですが、コーネル氏もベイリの影響を強く受けていて、著書で何回も引用しているんですね。ベイリと出会い、まもなくネイチャーゲームの紹介記事と出会う。本当に奇跡としか思えない。その後の私の進む道に大きく影響したことは言うまでもありません
これはいける! 輝きに満ちた子どもたちの表情

取り寄せた原書を、すぐさま高尾ビジターセンターの解説員だった吉田正人さん(現・筑波大学名誉教授)に紹介します。

英語が堪能だった吉田さんは、パラパラッとめくっただけで『服部さん、これはすごい本だね!』と言ったんです。そして『ぼくが訳すから、子ども自然教室でやってみよう』と


そうして行われたのが、〈木の葉のカルタとり〉。

B5判のカードに吉田さんが手順を書いてくれました。集まった子どもたちにやってみたら、一瞬で素晴らしさがわかりましたね。みんな我を忘れて、夢中になってやるんですよ。子どもたちの目は輝いていて、喜びにあふれた満足げな顔をしているんです。それまでの観察会とはまるで大違い。これはいける! と確信しました


こうした確信をもとに、吉田さんを中心とした日本ナチュラリスト協会に所属する20~30代の若者たちが、同世代であるコーネル氏の著書の翻訳と活動の実践を進め、1986年、『ネイチャーゲーム』初版翻訳本完成にこぎつけます。

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”シェアリングネイチャー”に共感した若者たちの熱い想い

翻訳本の出版、そしてネイチャーゲームを広げるネットワークづくりは、多くの若者の純粋な熱意に支えられていたと振り返ります。

「日本ナチュラリスト協会のメンバーには、柏書房(翻訳本出版元)の芳賀啓さん、普子さん夫妻もいたんです。原書を読み『これはうちで出版しよう』と、普子さんが単身、コーネル氏に直接交渉するため、アメリカ・カリフォルニア州のアナンダ村に赴いたんです。資金がなかったので、出版記念としてコーネル氏を日本に招聘(しょうへい)し、その渡航費や滞在 費を以って、翻訳出版の承諾をいただく話がまとまったんです


ネイチャーゲームの普及活動やその運営を担うグループも発足。それぞれの実践をふりかえる場づくりや、会報作成などのほとんどがボランティアによるものでした。〝ネイチャーゲームの輪を広げたい〟という仲間は瞬く間に増え、全国的な組織化と実践の体系化の要望が強まる中、服部さんは会社勤めをやめて事務局に参画。仲間とともに奔走します。

ネイチャーゲーム指導員の養成講座の初開催に向けて、指導員ハンドブックを作成したんです。印刷会社には『1500部以上からでないとできない』と言われたんですが、講座の参加者に購入してもらわなければ払えないし、一度にそこまでの参加者も見込めない……。
そこで『200部だけ納品して、残りは後払いにさせてほしい』と、とにかく一生懸命、頼んだんです。悪い奴じゃなさそうだと思われたんでしょうね(笑)、了承してもらえてね……それはうれしかった。こうした苦労話はたくさんありますよ


その後の1993年、任意団体「日本ネイチャーゲーム協会」設立。続く4年後の社団法人化まで、がむしゃらだったと振り返る服部さん。

組織づくりは素人。形のないものを形にすることは苦労も多かったけれど、続けていかなくては、ネイチャーゲームを守らなくては、という使命感だけでしたね
いつまでも変わらない憧れの存在

服部さんがここまで心を突き動かされたのは、コーネル氏の魅力も大きかったといいます。

初めて会ったのは、初版本の出版記念で来日し、全国でワークショップが開催されたとき。会った瞬間に、コーネル氏に惹きつけられてしまいました。
参加者全員がそれぞれ木の一部になって、役割を体で表現して楽しむ〈木をつくろう〉というアクティビティをレクチャーしてくれたんです。ネイチャーゲームの実践の場で、今では定番となっているダックコールをグワッと吹き鳴らして、グッと参加者の心を惹きつけてね、著書から思い描いていたイメージ以上の人だ! と。
それから何度も会っていますが、いつまでも憧れの存在です。僕がずっとネイチャーゲームに関わり続けることができたのは、コーネル氏という師匠がいたから。そう思います

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幼少期の自然体験が蘇るワクワク・ドキドキする気持ち

幼少期こそ、自然の知識よりも自然を感じる体験を――。ネイチャーゲームは、子どもたちの心に深く残る体験をもたらす素晴らしいプログラムであることを、服部さんはご自身の子ども時代に照らして感じています。

私は、あらゆる生きものを家でうような子どもだったんです。親が、何も言わず好きなようにさせてくれました。そして、カブトムシを採りに行こう、ザリガニを捕まえようと連れて行ってくれる、兄や2歳年上の森田くんという友人がいました。
幼い私からすると大冒険でした。ふっと虫を手にしたときの、ギギギギ~と動く感触。自然に身を置き、触れることによって感じたワクワク・ドキドキする気持ち。臨場感のある自然体験というのは、今でもずっと残ってるんですよね。ネイチャーゲームによって、こうした原体験が思い起こされ、親としてもひとりの大人としても、子どもたちとわかちあいたいという思いが芽生えました。
ネイチャーゲームに出会う前と後では、私自身、自然の中での子どもへの接し方が、共に楽しむという姿に変わりました。自然教室のときには『子どもより、あなたのほうが楽しんでいる』と言われるくらいでしたよね(笑)

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「ネイチャーゲームをやってきて本当によかった」心から言える

IMG_0198.JPG自然の中で、少年のような満面の笑みを浮かべる服部さん。「自然が好き」が全身からにじみ出ているような優しい雰囲気を感じました。




服部さんは現在83歳。日本において誰よりも長くネイチャーゲームを実践している人といえます。その歩みにまったく後悔はないと服部さんは話します。

数年前に、とあることで悩み、非常に苦しんだ時期がありました。そんなときに、朝早く出かけて近くの雑木林でコーネル氏の著書『空と大地が私に触れた』の中にあるアクティビティをしたんです。木々の間から射し込んだ太陽の光を浴びて、得も言われぬ心地よさを感じ、突然涙がポロポロと出てきた。あふれんばかりの喜びと、自然への感謝の気持ちを感じる体験をしたんです。これが、長いこと自分が求めてきたことの一つだなと体感したんですよね。
ネイチャーゲームをやっていなければ、こうした体験はできなかった。ネイチャーゲームをやってきて、本当によかったなと、心の底から思うことができるんですよ


穏やかな、それでいて強く確かな言葉のあとに続くのは、コーネル氏が紡いだ言葉を次世代へつなぐ想い。

これまでコーネル氏の著書や言葉に触れてきて、その思想はずっとぶれずに変わらない。けれど、どれほどネイチャーゲームをやっても真実にたどり着けない。シェアリングネイチャーとは? 自然とは?どこまでも奥が深いと感じます。
コーネル氏は、みな同じような方法でシェアリングネイチャーを理解しなくてもいいんですよ、と語っています。ただ、それぞれの自然との向き合い方や理解の道のりにおいて、なぜコーネル氏は、そういうことを言っているのだろうかと考える、そのプロセスが大切だと思っています。
そこで、これが最後の役割だろうと思いながら、〝コーネル氏の言葉をもう一度考えてみませんか〟と仲間と一緒に読み解くワークショップをしています。それが協会のビジョンでもある〝「自然が好き」で世界を変える〟に近づく一歩になるんじゃないかなと思っています


服部さんと一緒に近くの林を歩くと、すぐに虫を見つけ、やがて咲く花のことも教えてくれます。まるで仲のよい友だちを紹介してくれる少年のよう。そのうれしそうな表情に、自然とともに生きる喜びがにじみ出ています。

〝自然とどう生きるか〟その答えは、誰かに教えてもらうものではなく、土や木々に触れ、風や陽のにおいを感じ、空を見上げたとき、自分の中に芽生えてくるのかもしれません。その問いを大切に抱え、答えを探す旅に出てみようと思うインタビューでした。


情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.47 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:新名直子・藤田航平・豊国光菜子、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
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