2016年4月の熊本地震から10年。被災した園の復旧に携わり、現在は園長を務める松本充史さんに、復興までの園の道のりと、これから目指す姿をうかがいました。
いまにも動き出しそうな動物たちのイラスト
懐かしさを感じさせる少し古びた入口ゲートを抜けると、正面玄関が現れ、熊本市出身のアーティスト、コーダ・ヨーコさんが描いた愛らしい動物たちが出迎えてくれる熊本市動植物園。動物たちをじっと観察したり、遊具を楽しんだり、植物園エリアをのんびり散策したり。休日の園は家族連れカップル、子どもたちでにぎわいに満ちています。
しかし熊本地震が起きた2016年、風景はまったく別のものでした。
震度7を記録した最初の地震を松本充史さんはそうふりかえります。揺れが起こったのは4月14日午後9時半ごろ。
動物たちは無事でしたが、余震が続くため、集まった職員は翌朝まで園に留まりました。
翌日、地盤沈下や液状化、断水が判明。水の確保のめどがついたものの、翌未明に再び震度7の本震が襲います。前震ではまだ開園の可能性がある状態でしたが、本震で開園はしばらく無理だと感じたそうです。
地割れなどの被害があったネコ科動物エリア
給水管が壊滅し、職員はポリタンクで水を運んだり、水の通っていたポンプから消防ホースを何百メートルもつないで、動物エリアに水を引いたりしました。余震のたびにぐるぐると歩き回るアフリカゾウ。水中から出てこないカバ。オナガザル科のアンゴラコロブスは1週間もの間、一度も食べ物を口にしませんでした。動物たちにもストレスによる心配な様子が現れます。
発災後2週間は10人程度の職員が交代で寝泊まりし、動物を見守りました。さらに市の職員として避難所業務などへの動員もありました。
動物たちの体調が安定してきたころ、職員の間に少しずつ、疲れや先行きが見えないことへの不安が広がりはじめます。
そんな折、避難所の小学校で支援にあたっていた松本さんは、学校の再開を喜ぶ校長先生とつながり、子どもたちに動物を見せることができないかと声をかけられます。
地震から約1ヶ月半後、小学校での移動動物園が実現。それが職員の心を大きく動かしたのです。
そしてこの〝なんで?〟こそ生きる原動力であり、〝心の復興〟ではないかとも松本さんは続けます。
移動動物園を機に、動物を展示するだけの施設ではいけないと職員一人ひとりが気づき、再開園に向けて何ができるか考えはじめたと松本さんは言います。
園内には動物たちの名前や個性、種としての特徴や生態、本来暮らす環境など、さまざまな情報が描かれた手作りの看板があちこちに。そこで何を伝えるか、再開園から試行錯誤しながら進化し続けています。
そして、園で出会える113種すべての動物の特徴をわかりやすく、魅力的に伝えるコーダ・ヨーコさんのイラスト看板も目を引きます。
松本さんは以前の職場だった動物愛護センターで、動物愛護推進員としてボランティア中のコーダ・ヨーコさんと一緒に活動していました。
地震で閉園中の動物園に何度も足を運び、動物たちを観察したというコーダ・ヨーコさん。
飼育員さんも納得する動物の姿が描けているかにこだわったそう。
その後、熊本地震を動物たちの視点で描いた絵本『どうぶつたちもこわかった』を創り上げました。
地震から2年8ヶ月を経た2018年12月、興味や好奇心が湧く学びの場、憩いの場として全面開園を迎えます。
当時を知る飼育員さんたちと一緒に、松本さんがしみじみと話してくれました。
松本さんが近づくと、 甘えるように顔を近づけるマサイキリン。
地震後もコロナ禍で休園しましたが、動画配信などで〝なんで?〟につながる動物たちの姿や学びを届け続けました。松本さんは副園長、園長と立場が変わっても、動植物園を訪れた子どもたちが〝なんで?〟に出会うためにできることがもっとあるのではないかと探し続けてきたと言います。
そこでめぐり合ったのが「ネイチャーゲーム」です。
講座では、感性が開くのを強く感じ、翌日から景色の見え方が変わったと松本さん。園内を歩くと細部に目が向き、視点が広がったそう。さらに同じアクティビティでも、そのときの自然の状態や、それぞれの感じ方が毎回違い、「主語が〝私〟になる」プログラムがたくさんあることにも心をつかまれたと語ります。
一方でネイチャーゲームは何に感動して、何に〝なんで?〟を感じるのかという感性を育んでくれると思うんです。来園者が動物や植物、自然を感じる機会を増やし、自然の素晴らしさを見つけて、『もっと知りたい、もっと感じたい』と思ってほしい。
ネイチャーゲームを実体験したからこそ、動植物園で熊本のシェアリングネイチャーの仲間と一緒に、そんな場づくりをしたいと強く思っています
コラム:ハズバンダリートレーニングって知ってる?
採血や診察、体重測定、爪切りなどのケアに、動物自ら協力できるように支援するハズバンダリートレーニング。動物に苦痛やストレスを与えないよう配慮する動物福祉の視点から、熊本市動植物園をはじめ多くの動物園で取り入れられています。
松本さんによると、アフリカゾウのエリはハズバンダリートレーニングを終えて運動場に向かうとき、必ず左足から出るのだそう!他にも2頭の個性、関係性を楽しそうに話してくれました。
動植物園のあり方にかける松本さんの熱い想いは、開園100周年を迎える2029年、そしてその先の未来へ向けられています。
野生では食う・食われるの関係でも、全てが食べられているわけではない。どう共存しているのか、展示を見て考えてもらい、伝えるツールが増える喜びはとても大きいですね
サバンナエリアの予定地
さらに話題はネイチャーポジティブの転換点である2030年へと及びます。
園内のいたる所に問いかけの仕掛けがいっぱい!
こうした園の想いに共感してくれる企業は、確実に増えているそう。
取材の合間をぬって、昼食の時間を削り、企業との打ち合わせにあてる松本さん。忙しいはずなのに、嬉々として見えました。
動物の気持ちに思いを馳せるにはどうすればよいか、という問いには、
というヒントも教えてくれました。
これまでの「かわいいな」「ユニークだな」で留まっていた動物へのまなざしを少し恥ずかしく思うと同時に、長く眠っていた〝なんで?〟を呼び覚ますために、まずは身近な生きものをじっくり見てみよう——そんなことを思いながら、久しぶりの動物園をあとにしました。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.48 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:新名直子・藤田航平・豊国光菜子、校條真)をウェブ用に再構成しました。
※冊子版の送付が可能です。「ネイチャーゲーム普及ツールの取り寄せ」をご覧いただき、お気軽にお知らせください。
(情報誌バックナンバーにつきましては在庫切れの場合がございます。ご了承ください。ウェブ版はこちらからダウンロード可能です。各号目次下部の<※PDFデータを開く>よりご覧ください。)



